月夜見
 残夏のころ」その後 編

    “彼らの事情は”



中国からの観光客によるインバウンド効果が、
爆買いから体験ものへと変わりつつあるように、(おいおい)
近年の日本の St.バレンタインデーの傾向も大きく様変わりしつつあるのだそうで。
そもそも、聖がつくところの由縁、
恋人たちの守護聖人たるウァレンティヌスさんが亡くなったこの日を“愛の日”とするのは、
大昔のローマ皇帝が、戦士たちの士気を下げるという理由から結婚を禁じたのへ逆らい、
恋人たちの結婚式を挙げてやったため、投獄されて処刑されたという由来から。
(この由来自体も近年には諸説ありとされ、
 そもそも結婚を禁じた皇帝がいたという史実が確認できないとされているそうですが…)
そんな逸話から、大切な人への愛を確かめようという記念日だ…と知った日本の某製菓会社の人が、
男女平等とか女性の社会進出が叫ばれつつも、それでもまだまだ過渡期の60年代、
女性からの告白なんてなかなか出来なかった微妙なころに、
チョコレートを添えて、勇気出してやってみては?なんていうキャンペーンを始めた。
当初はなかなか普及しなかったけれど、
中学生や高校生の間で、ちょっとおしゃれな流行としてじわじわと広がり、
やがては世界中のお菓子業界がこの時期の日本市場へ注目。
そして今では、二月といえば豆まきという風習に並ぶほどの
国民的行事にまでなってしまった…のではありますが。

 何でその日に一斉に告白しなきゃあならないの?

今時の若い人たちは、クリスマスに ぼっちは寂しいと思うところは変わらねど、
聖バレンタインデー イコール“告白”という日ではなくなって来つつある。
所謂 リア充カップルが、ああそういう日だったねとスィーツを食べるの意識する程度で、
特に恋愛には絡めないで、
美味しいチョコが世界中から日本へ集まる日となりつつあるそうで。
仲のいいお友達と交換し合う、自分用にご褒美でちょっと奮発して良いチョコを買う、
どうかすると男性から甘党の女性へ贈るとか、
ココア含有率の高いのをブランデーのあてにと買う“俺チョコ”派もいる。

 「ルフィ曰く、
  どっちから告白したって冷やかされんのは一緒だし…だそうな。」
 「そういう順番なんすねぇ。」

少なくとも 女がそんなことするのははしたないとかそういう時代じゃないから、
告白自体は “えいやっ”と思いきればなんとかなるとして。
二月のこの時期っつったら、大学受験や高校受験の真っただ中だから、
意中の相手が受験生の先輩だった日にゃ、
手づから渡すことがまずはの凄まじい艱難となりかねぬ。
忙しいしナーバスな時期だし、そこへの告白だなんて迷惑かも知れないし、
個人情報非公開の昨今なので住所を記載した名簿なんてのも作成されてはないだろから
先輩の実家なんて知らないよぉ…と、
とんでもないハードルが立ちはだかっていたりするらしく。

 「ま、ウチはせいぜい
  母ちゃんが息子さんへ義理チョコをってクチしか買いには来ねぇレベルだし。」

なので、恵方巻コーナーほど大々的には催しも設けなかったし、
今は今で、ひな祭りフェアこそ構えているがホワイトデーは予定にないのが
ここ、産直スーパー“レッドクリフ”の現在の企画予定だったりするそうで。
平日の昼下がりという、バイトの少ない時間帯、
店長と副店長が見回りを兼ねての陳列棚の商品補充に運びつつ、
そんな会話をのんびりと交わしておいでだったれど、

 「そうは言っても、
  引っ込み思案な子や、
  人気者すぎる相手へ冗談めかして贈る派もいようから、
  義理チョコの習慣はなかなか廃れないようだがな。」

商品別に棚に残った数を確かめ、
大昔の携帯電話を思わす無骨なチェッカーへ打ち込みつつ、
赤い髪の店長さんが思い出したのは、

「ルフィもその伝でごっそり貰ったらしくてな。
 中には本命もあったろに、
 あの鈍感小僧、全部一緒くたに袋詰めにしておやつにしてやがる。」

義理チョコばっかって、結構きっちりした箱に入ってるのもあったの見たぞって言ってやったら、

「でもあれって此処の売り場で見たやつだからだとさ。」
「おやまあ。」

要は、ウチの品ぞろえを各下にしてやがるってことだよな、あの小僧め生意気なと、
言いようこそ不服げながら、声も顔も笑っておいで。
というか、関心ないないと装って、
そこはやっぱり微妙な年頃だから チェックしてたのかねと言いたげでもあって。

 “…ってところまでをチェックしていた
  店長(ご自身)だってことには気づいているものなやらですが。”

甥っ子可愛いはまだまだ健在ですなと、
こちらはこちらで くつくつ笑った副店長さんだったそうな。


     ◇◇

売り場でそんな風に話題に挙げられていると、気づきもしないご当人はと言えば、
学校が短縮授業期間なのでと、少し早めにバイト先まで来てはいて。
とはいえ、期末考査が間近いからという短縮授業だというに、
そこに気付いているかどうかは怪しいところ。
寒い寒いと駆けこんだ先の、従業員控室ゾーンの建屋内、
暖房が効いているのへ 存分に ほややんと緩んでから。
学校の制服からこちらでのお仕着せ、
開放ゾーンの担当お揃いの、
冬は裏起毛仕様のそれになるズボンとブルゾンとへ着替え終え。
交代までまだちょっとあるなと壁の高いところへ据えられた大きな時計を見上げると、
通路を辿って職員用の食堂兼談話室まで足を延ばす。
賞味期限の関係でだろう、定価の半額という職員専用自販機が置かれてあり、
それへと惹かれる格好で皆で愛用している休憩室には、

「お。ゾロじゃんか。」

ここのところはタイムテーブル上の段取りの関係で
微妙に顔を合わせられなかったバイト仲間の青年が、
短く刈った髪のせいでこれでもかとあらわになった耳と、
精悍な顔立ちの中、カッコよく通った鼻の頭とを真っ赤にし、
温風を吐き出しているファンヒーターの前で小刻みに足踏みしているところであり。

「あ・そっか、エースに水菜の水洗い付き合わされたな。」

すぐさまピンと来たらしいルフィがそうと指摘したのが大当たりだったか、
寒そうに縮めていた頑丈そうな首を何とか伸ばしつつ “うっす”と小さな声で肯定する。
学齢やバイト歴は後輩ながら、実年齢のほうはルフィより一個上の彼は、
実は運転免許を得ている身なため、
軽トラで近隣の農家から 青菜ややや半端なだが味は抜群な野菜をかき集めてくる
搬入部隊に籍を置く。
そちらの班のバイト陣営を率いるのがルフィの兄のエースという男で、
ざっくばらんで陽気な、至極 面倒見のいい青年だが、
知り合いの白髭一家の農園を贔屓にするあまり、
こっちの仕事ではなかろう作業まで手伝いの、
同じ班の人間らにも手を貸せと声を掛けのするものだから。
やはり気の良い顔ぶれの多いバイトのお兄さんたちも ついのことと手てを貸してやり、
その結果、場合に拠っちゃあこの寒空に冷水での洗浄作業に勤しむこととなる。
勿論のこと、お礼と共に温かいお茶やまんじゅうなぞを供されたりするし、
給料にも特別手当がいつの間にか加算されるというケアが行き届く万全さではあるのだが、
そうであれ、寒い折の水仕事は体の芯まで冷やすほどに堪えるものだし、
一応は剣道という武道で鍛えていても、
戦国時代の武将ではないのだ、寒いものは寒いと態度にも出てしまう。
それでも…彼の場合、人目がなかったからという身の縮こませようだったらしく、
すんと鼻をすすったのを最後に、
かじかみからだろうポケットへ突っ込んでいた手も出しの、と、
ルフィの登場でそれを正したのがありありと判るのがまた、

 “カッコいいっちゃ いいんだけれどもな。”

グダグダしてるとこなんて、そういや見たことねぇな、
それって なんか他人行儀だよなと。
カッコいい態度に惚れ惚れしつつ、
心の奥底ではそんな反駁もちょろっとしてしまう
相変わらずな我儘大将、でも口に出して言うのはさすがに控えている小さな先輩くんが、
自分も寒かったのでと自販機で暖かい缶入りココアを買いつつ

「何か暖ったかいもの飲めばいいのに。」

一気にぬくもるぞと、知らねぇの?と続きそうな云いようをし、
だがだが、取り出し口にごとんと落ちてきた小さめの缶を
熱っちっちと大騒ぎして拾い上げる。
そんな彼なのを見て、凍てつきかけてた青年のお顔がじんわりとほころび、

「開けますよ。」

大きな手が伸びてきて、少し熱いめ設定になってる自販機の殊更なサービスにより
猫舌猫肌なルフィが毎度大騒ぎするのと対になってるお勤め、
プルトップを開けるところまでを手際よくこなしてくれて。

「おお、サンキューなvv」

一口呑まね? 甘いからいいですというやはりいつものやり取りの後、
そこもやや熱い飲み口を警戒しつつ、最初の一口を美味い甘いと味わったルフィが、

「これがダメなら、こっちはどうだ?」

ぶっかぶかなジャンパーの大きめポッケに手を突っ込み、
いかにも子供っぽい動作所作にて掴みだされたのが
個包装になった粒チョコ数個。

「えっとぉ、これなんか甘くないぞ。」

BLACKというロゴが印刷されたのをほれと差し出す仕草がまた、
ぐうにした手といい、真っ直ぐ突き出した勢いといい、
洗練とか優美の対岸におわす、野生のガキ大将っぽくて。
とてもじゃないが高校生のそれとは思えぬざっかけなさなのが、
いっそこの童顔の少年には相応しく。
これをまで断ると、しおしおと残念がられやしないかと、
今度はこちらの武骨な青年がらしくもなく気を遣ったようで。

「すんません。」

ありがたく頂戴し、彼の見ている前で包みを破いて口へと放り込む。
駄菓子系の粉っぽい安物かと思いきや、
なかなかにコクのある濃い風味のちゃんとしたそれで、
おやと目を見張ったのまで しっかと見届けたちびっこな先輩さん。
へへぇとえらく嬉しそうに破顔をし、
してやったりと言わんばかりの顔ながら、
どうしてそんな顔になったかはかろうじて暴露しないで隠しおおせて。

 『甘いのが苦手か。でも、そういう男の人用の甘くないのも売ってるわよ?』
 『でもルフィくんは甘いの大好きじゃなかったっけ?』

俺の話じゃない…と反駁すると、じゃあ誰の話?と当たり前のことながら訊き返されて、
咄嗟に近所の輸入雑貨の店にいる はとこのサンジのことだと誤魔化したが。
それが誤魔化しだというのは 当人に確認を取るまでもなく実は最初から判ってた、
製菓売り場担当のお姉さま方から勧められた、
ちゃんとしたメーカーが出してる、
でも一見 量り売り風、若しくはお徳用風の粒チョコを、
ついでみたいにさりげなくあげればいいんじゃないかと。
至れり尽くせりなアドバイス通り、
意中の“カレ氏”の口へ放り込むところまで大成功した今年のルフィさん。
やったやったと万々歳し、あとでお姉さんたちへ報告に駆け参じる予定なところまで、
凡そ総ての一部始終を把握してた人が、さて店内にどれだけいるのでしょうか?


   答え、今日中でいいならほぼ全員。(笑)



  〜Fine〜  17.02.21.


 *何でだか “だろわいよ”というフレーズが頭から離れなくて、
  どっかのニュースの特集か何かで耳に入った名前らしいのですが、
  なんだろかとググったらケーキバイキングで有名なパティスリの名前でした。
  歴史のあるフランス菓子の店で、
  チョコは勿論 マカロンでも有名らしく、
  何だそりゃな語感から気になってたんだろな、きっと。(失礼な奴…)

  それはともかく、遅れたにもほどがあるバレンタインデーネタです。
  ゾロもきっと
  これがチョコを貰ったことになると気がつくのは
  来週くらいになるのではないかと。
  そしていきなり真っ赤になって
  何でもないっスと見当違いなことばっかやらかしてくれたら嬉しいvv
  お返しはどうやってこなすのか、またぞろ周りがワクワクしてそうです。
  平和な店だ…。
  


ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv

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